私は慶應義塾大学理系修士課程修了し、難関大を専門に指導しています。

2025年度入試の出題テーマが、予測・的中しました。

私の演習問題

スポンサーリンク

テーマ:プライバシー vs 公共の安全(監視)

【問題】犯罪抑止のための「監視カメラ」や「データ追跡」による公共の安全確保と、個人の「プライバシー権」をいかに調整すべきか。客観的に論じなさい。

昨年度の形式で想定をしており、両者調整型の問題ではありましたが、内容は本年度の内容と被っていました。

事前知識や思考の型を学んでいた生徒にとって、非常に取り組みやすい問題だったようです。

 

はじめに:今年の問題で何が問われたか

2025年度の慶應法学部小論文は、「防犯カメラの高度化とプライバシー/自由」をテーマに、

より自由で安全な社会のあり方について800字以内で論じるものでした。

結論から言います。この問題は、事前に準備できていた受験生とそうでない受験生で、答案の質に圧倒的な差が出た問題です。

なぜなら、この問題が問うている論点は「プライバシー権 vs 公共の安全」という、近代法・政治哲学の根幹に関わる対立構造だからです。

この構造を知っていれば、問題文を読んだ瞬間に「戦い方」が見えます。

昨年から問題形式が変わった

まず形式の変化を押さえておく必要があります。

2024年度(昨年)の慶應法学部小論文は、「両方の立場を客観的に論じる」形式でした。AとBという対立する意見について、どちらの立場も公平に論じることが求められていました。

しかし2025年度(今年)は、「自分自身の考えを述べなさい」という形式に変わりました。自分の立場を明確に取った上で論じることが求められています。

この変化に気づかずに「両者を客観的に並べる」答案を書いてしまった受験生は、形式の時点でつまずいていた可能性があります。

ただし重要なのは、「自分の立場を取るといっても、片方を一方的に擁護するだけでは評価されない」という点です。

採点者が見ているのは「対立する価値を認識した上で、どういう基準で判断するか」という思考の質です。

相手方の正当性を認めながら、それでも自分の立場を選ぶ理由を示すことが求められています。

また、大学側も新形式を模索中であり、来年以降も同じ形式とは限りません。

「どんな型が来ても対応できる思考力」を鍛えることが、最終的には一番の近道です。書く内容・使う概念・知識は型が変わっても同じです。

 

問題文の構造を把握する

今年の問題は以下の3つのパートで構成されていました。

資料1:治安に関する世論調査(内閣府・令和4年)

– 「治安が悪くなった」と感じる国民は54.5%
– 一方、刑法犯の認知件数は平成15年から令和3年にかけて約5分の1に激減
– つまり「実際の犯罪数」と「体感治安」の間に大きな乖離がある
– 犯罪予防のために最も望まれる警察活動は「防犯カメラの設置支援」(51.6%)

資料2:防犯カメラの技術的高度化

– 顔認証技術の普及により、長期・広範囲にわたる個人追跡が技術的に可能になった
– 「リレー方式」による追跡はすでに10年以上活用されている

資料3:討論の2意見

– 意見1(推進派):防犯カメラを増やすべき。安全あっての自由だ
– 意見2(慎重派):監視社会化は萎縮効果を生む。プライバシーだけの問題ではない

そして問いはこうです。「あなたはこの討論の参加者として、より自由で安全な社会のあり方について自分自身の考えを述べなさい。」

 

この問題の注意点

この問題には3つの罠があります。

罠①:片方を一方的に支持してしまう

「意見1に完全賛成」あるいは「意見2に完全賛成」という答案は評価されません。

「結論は問わない」という但し書きは「どちらでもいい」ではなく「結論よりも論じ方を見る」という意味です。

自分の立場を取りつつ、相手方の正当性にも目配りできているかが評価されます。

罠②:体感治安と実態の乖離に気づかない

資料1には重要な情報が埋め込まれています。犯罪は実際には大幅に減っているのに、国民の半数以上が「治安が悪化した」と感じています。

この乖離に言及できるかどうかが、表面的な答案と深い答案を分けるポイントです。

マスメディアの影響、情報の非対称性、リスク認知の歪み——こうした視点を盛り込むことで答案の質が上がります。

罠③:プライバシーを「個人の問題」として矮小化してしまう

意見2が強調しているのは、監視社会化が単なるプライバシー侵害ではなく、思想・信条・集会・移動といったあらゆる自由に対する「萎縮効果」を生むということです。

「プライバシーは大切だが安全の方が重要」という論でまとめてしまうと、表面的な議論で終わります。

 

この問題の論点構造

|意見1(推進派)

・ 公共の安全・生命権の保護

・ 犯罪抑止・捜査の効率化

・「悪い奴だけが困る」論

・ 安全あっての自由

 

意見2(慎重派)

・プライバシー権・自己情報コントロール権

・萎縮効果・監視社会化のリスク

・無実の市民への広範な影響

・監視なき自由こそが真の自由

この構造は、近代政治哲学における「安全(セキュリティ)vs 自由(リバティ)」のトレードオフそのものです。

合格答案が使う「3つの概念」

① 比例原則(Proportionality)

権利を制限する場合、「目的の正当性」「手段の必要性」「制限の最小性」の3点を満たさなければならないという原則です。

「防犯カメラをどういう条件なら認められるか」という議論の軸になります。

② 萎縮効果(Chilling Effect)

監視される可能性があると知るだけで、人は自由な行動を控えるようになる現象です。

実際に監視されているかどうかに関係なく、「見られているかもしれない」という意識だけで思想・表現・集会・移動の自由が実質的に損なわれます。

③ 自己情報コントロール権

「自分に関する情報を自分でコントロールする権利」というプライバシー権の現代的解釈です。

「自分の顔画像や行動がいつ、どの範囲で取得され、何の目的で使われているかわからない」という状態が、この権利を根本から侵害しています。

 

河合塾の解答速報から学ぶ:合格答案の「型」

大手予備校・河合塾の解答速報を参考に、今年の問題における合格答案の型を確認しましょう。(参照:河合塾)

河合塾の解答の解答例1は以下の構造で書かれていました。

冒頭で自分の立場を明示する

「監視カメラの増加を否定するのは難しいが、法規制の強化が必要」という結論を最初に提示しています。

今年の形式(自分の意見を述べる)に対して、読み手に方向性を伝える効果的な書き出しです。

意見1の正当性を認めつつ留保を入れる

体感治安の向上効果・犯罪抑止への貢献を認めながら、「統計的エビデンスに基づいていない」「マスメディアの誇張」という留保を加えています。

無条件の肯定ではないことを示すこの手法は、相手方への目配りとして有効です。

意見1への反論を具体的に深掘りする

「体感治安のためのカメラ増加は問題の解決にならない」という論点に加え、「排外主義的な意見が出てくることも予測できる」という具体的なリスクの指摘が光っています。

社会的な含意まで踏み込んだ視点として評価できます。

具体的な提言で締める

個人情報保護法の改正・第三者委員会の設置義務化という具体的な法的提言で締めくくっています。

抽象的な「法整備が必要」で終わらず、何をすべきかを示している点が強みです。

 

この答案の型を一言で表すと、「条件付き肯定+法規制による歯止め」です。

意見1を全否定せず、意見2の核心を取り込んで「法整備を条件に認める」という着地は、今年の問題への現実的かつ論理的な解答として参考になります。

 

さらに一歩深めるために

そこからさらに深めるとすれば、以下の視点を加えることで答案の質がより上がると私は考えています。

資料1の乖離をより掘り下げる

「マスメディアの報道は誇張しすぎている」という指摘は鋭いですが、なぜ人々はメディアの影響を受けてリスクを過大評価するのかという認知的メカニズムまで踏み込めると、問題文の統計資料を最大限に活かした答案になります。

萎縮効果を民主主義の問題として位置づける

「自由が抑圧される」という表現に加えて、萎縮効果が思想・集会・宗教といった民主主義の根幹に関わる自由を損なうという構造を明示できると、議論の格が上がります。

これは意見2が「プライバシーだけの問題ではない」と強調している部分の本質です。

「技術の進化が権利侵害の質を変えた」という視点

従来の防犯カメラと顔認証搭載カメラは「量」ではなく「質」が違います。

この違いを明示することで、「防犯カメラ全般の是非」ではなく「高度化した技術への法的対応」という、より精緻な問いに答えられます。

 

合格答案の構成例

第一段落(約150字):自分の立場と問題の核心を示す

「監視カメラの一定の有用性は認める。しかし技術の高度化に法整備が追いついていない現状では、自己情報コントロール権を保障する法規制の強化が不可欠だ」という立場を冒頭で明示する。

第二段落(約200字):意見1の正当性を認める

体感治安の向上・犯罪抑止への貢献を認める。ただし実態との乖離(刑法犯の認知件数の大幅減少)にも触れ、体感と現実の差がメディアの影響によって生じていることを指摘する。

第三段落(約250字):自分の立場の根拠を深掘りする

高度化した顔認証カメラは従来型と質が違う。萎縮効果は民主主義の根幹に関わる自由を損なう。

排外主義的な運用リスクも現実的な懸念として挙げられる。「困るのは悪い奴だけ」という論理の危うさを正面から指摘する。

第四段落(約200字):具体的な提言で締める

個人情報保護法の改正・設置条件の明確化・データ保存期間の制限・警察から独立した第三者委員会の設置義務化。

技術を否定するのではなく、技術を制御する法の枠組みを整備することが必要だ。

 

まとめ:この問題が問うていたこと

今年の問題が本質的に問うていたのは以下の3点です。

– 近代の権利論(プライバシー権・自己情報コントロール権)を理解しているか

– 技術の進化が権利侵害の構造をどう変えたか認識しているか

– 自分の立場を取りつつ、対立する価値に目配りした上で判断基準を示せるか

 

これらは一夜漬けでは身につきません。だからこそ準備してきた受験生とそうでない受験生の間に、差が生まれる問題でした。